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森岡 正博
森岡 正博

もりおか まさひろ  大阪府立大学総合科学部教授(生命論・哲学・現代思想)
1958年高知県生まれ。東京大学文学部倫理学科卒、同大学院人文科学研究科倫理学専攻博士課程単位取得退学。東京大学助手、国際日本文化センター助手、ウェスリアン大学客員研究員、大阪府立大学助教授を経て、98年より現職。学際的視点から社会と人間の問題を扱う。著書「生命観を問いなおす」「生命学に何ができるか」「意識通信」「自分と向き合う知の方法」「宗教なき時代を生きるために」「生命学への招待」「脳死の人」、共著「ささえあいの人間学」「電脳福祉論」「対論 脳と生命」など。

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■日常の哲学的考察から見えるもの(5)
「世界の中心で文明を暴き続ける断尾犬」

2003.09.01

今回、もう一度、犬の話をしようと思う。連載の第3回で、「トイプードル」について書いた。トイプードルとは、いま女性たちに人気の、とても小さくてかわいいプードル犬のことである。毛をきれいにカットすると、ちょうどテディベアのぬいぐるみのようになるので、私の目から見てもきわめて愛らしく見える。バスケットから首だけを出して、街を持ち歩かれている姿を、何度か見たことがある。

インターネットで通信販売をしているというので、探してみた。たしかに、20万円ほどで、トイプードルが売られている。ネットに出ている写真を見ると、ほんとうにクマのぬいぐるみのようである。どこから見てもクマのぬいぐるみじゃないか、と錯覚するような犬もいる。これは、たしかに、女性たちに人気だろうなと思った。クマのぬいぐるみが、歩いたり、キャンキャンほえたりするのだから。

なんと、いまでは、さらに体の小さい「ティーカッププードル」という犬まで出現している。これは小さな個体同士をかけあわせて作られたもので、ほんとうにマグカップの中に入ってしまうくらいの大きさだ。真ん丸な目をした小さなクマのぬいぐるみみたいな犬が、こっちを見ている写真があった。

だが、これを見たときには、かわいさよりも、不気味さのほうがじわじわと襲ってきた。これはやはり、人間の欲望が生み出した、得体の知れない動物なのではないだろうかと思った。そうこうしているうちに、ある記述が目に入った。売られているトイプードルは「断尾」済みだというのである。それはきわめてさらりと書かれてあった。

「断尾」という言葉をはじめて聞いた私は、なんだろうと思って、ネットで調べ、本屋で専門雑誌を読んでみた。そうして、きわめて深く考えさせられるテーマに直面してしまったのである。

そう、売られているトイプードルたちは、赤ちゃんのときに、尻尾を人間の手によって半分くらいの長さにちょんぎられているのである。これを「断尾」と呼ぶ。断尾は、尻尾が短いほうが犬自身のためになるという理由や、猟のときに役立つという理由などによって、古くからなされてきた。血統書付きの理想犬に近づけるという理由もある。しかし、近年の動物愛護運動が盛り上がるにつれて、欧州を中心に断尾禁止の法律が制定されはじめた。米国や日本ではまだ断尾についての規制はないが、愛犬家たちのあいだで、ホットな議論が戦わされている。

しかし、話をトイプードルやティーカッププードルに限れば、それらを断尾する理由はいまやひとつしかないのではないか。すなわち、尻尾が長かったら「ぬいぐるみのクマ」には見えないからだ。生ける「ぬいぐるみのクマ」にするために、赤ちゃんのときに強制的に断尾をしたプードルを、「かわいい!」と言って両腕に抱きしめる人間たち。トイプードルは、そのかわいさのために、いまや大きなブームとなり、断尾された個体が次々と市場に送り込まれる。それらの犬たちをお散歩させながら、人々はカフェで語らい、優雅な午後のひとときをおしゃれに味わう。優雅で、間接的で、構造的な暴力がそこにはある。

「断尾」の問題の根底には、「ペット」「家畜化」という根本問題が横たわっている。犬や牛は、長い年月をかけて、人間にとって都合の良いように変形させられ、利用されてきたのである。私は、最近「無痛文明」という現代社会の見方を提唱しているが、「断尾」はまさに「無痛文明」が生き生きと発露するひとつの現場である。トイプードルは、われわれの文明の根底に横たわる闇を、その存在をもってこれからも暴き続けていくことであろう。■



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