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坂田藤十郎とは、上方歌舞伎俳優の名跡の一つ。
初世(1647~1709)は京都の人。元禄期(1688~1704)を代表する上方の名優といわれ、江戸の荒事の市川団十郎に対し、写実的な上方の和事の祖とされる。上方歌舞伎の基礎を築き、演目作者に近松門左衛門を得て数々の名作を残した。特に「やつし事(身分の高い者の子息が、義理や恋のために家出・流浪し、物売りなどに身をやつす演目)」は絶品とされている。
二世(1669~1724)は初世の弟分にあたる。山城伏見の生まれといわれ、通称・伏見藤十郎。正徳元年(1711)正月、京都布袋屋座で『けいせい二代男』の嘉門之助を勤め二世藤十郎を襲名した。
三世(1701~1774)は、元文4年(1739)に江戸河原崎座で『入船大平記』に出演し三世藤十郎を襲名した。実事(誠実な人物が、悲劇的な状況下で苦悩しながらも立ち向かう姿を演じる)を最も得意とし、京都・大坂・江戸の三都をはじめ、各地で舞台を勤めた。
そして、現代において上方歌舞伎を牽引してきた人間国宝・三代目中村鴈治郎がその功績を認められ、2005年に坂田藤十郎を襲名することになった。これにより、231年ぶりに坂田藤十郎の名跡が復活する。
初世(1647~1709)は京都の人。元禄期(1688~1704)を代表する上方の名優といわれ、江戸の荒事の市川団十郎に対し、写実的な上方の和事の祖とされる。上方歌舞伎の基礎を築き、演目作者に近松門左衛門を得て数々の名作を残した。特に「やつし事(身分の高い者の子息が、義理や恋のために家出・流浪し、物売りなどに身をやつす演目)」は絶品とされている。
二世(1669~1724)は初世の弟分にあたる。山城伏見の生まれといわれ、通称・伏見藤十郎。正徳元年(1711)正月、京都布袋屋座で『けいせい二代男』の嘉門之助を勤め二世藤十郎を襲名した。
三世(1701~1774)は、元文4年(1739)に江戸河原崎座で『入船大平記』に出演し三世藤十郎を襲名した。実事(誠実な人物が、悲劇的な状況下で苦悩しながらも立ち向かう姿を演じる)を最も得意とし、京都・大坂・江戸の三都をはじめ、各地で舞台を勤めた。
そして、現代において上方歌舞伎を牽引してきた人間国宝・三代目中村鴈治郎がその功績を認められ、2005年に坂田藤十郎を襲名することになった。これにより、231年ぶりに坂田藤十郎の名跡が復活する。
ふりがな:さかたとうじゅうろう
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