
若狭地方には「蘇洞門(そとも)」「馬背峠(まじょとうげ)」など、読み方の難しい地名が数多くあります。難読地名の由来をたどってみると、興味深い歴史や伝説に出会うこともしばしば。このゴールデンウィークはそんな地名の謎を探りながら、歴史と伝説の宝庫、若狭路を旅してみませんか。

若狭(わかさ)という呼び名の由来だけでも、古代朝鮮語「ワカソ」(=行き来)を語源とする説、風土記に登場する海を越えてやってきた不老の男女にちなみ、「和加左(わかさ)」と名づけたという説のほか、数々の言い伝えがあります。こうした説から、この若狭という地が海を越えた朝鮮半島・中国大陸と京都・奈良の都をつなぐ拠点であり、早くから開けていたことがうかがえます。
それでは、若狭難読地名クイズにチャレンジしてみましょう。


ヒント!
美浜町と若狭町にまたがる三方五湖の一つである「久々子湖」の北東部に位置します。読み方は湖と同じです。
くぐし
地名は、久々子湖(くぐしこ)に由来しています。久々子の「くぐ」は白鳥の古名である「クグ・クグイ」に由来します。水鳥の重要な生息地であり、希少な生物も多いことから、三方五湖は2005年11月8日に国際的に重要な湿地として、ラムサール条約に基づく登録湿地となりました。

ヒント!
朝鮮半島の国の王子の名前に由来しています。JR敦賀駅前には、王子の銅像が建っています。
つのがちょう
日本書紀に登場する朝鮮半島の国の王子の名前、都奴賀阿羅斯等(つぬがあらしと)に由来しています。敦賀に来着した王子の額に角のようなものがあったことから「角額の人」と呼ばれ、「都奴賀」とも記され、さらに「角鹿」に変化したのではないかといわれています。角があったというのは、かぶとのようなものをかぶっていたためと推察されます。

ヒント!
おおい町からの出題です。フシじゃなく、チチコでなく…
ちちし
古くは「静志」または「静石」という字が使われていたものが、長い間に訛って「ちちし」と呼ばれ、「父子」と書くようになったといわれています。今では「ちいし」と発音するのが、一般的になりつつあります。


ヒント!
高浜町立石の木津刑部に残る伝説が由来。子生川という同名の川もあります。
こび
この地の伝説によると、昔、庄屋夫婦の子どもが行方不明になり、父親たちが探し回っていると、村の老婆から「山頂の岩屋に大蛇がいて、その腹の中に子どもがいる」と言われ、剣をもらいます。父親たちが岩屋で眠っている大蛇の腹を授かった剣で切ったところ、子どもが大蛇の中から出てきたそうです。その話から、子生まれの里として「子生」と名づけられたといわれています。

ヒント!
高浜町からの出題。竹取物語で同名の貴公子が、かぐや姫に求婚します。
くらもち
古代、「車持(くらもち)」とは天皇の御輿の製作・管理に従事した部民のことを指しました。「車持」という地名は古く、日本各地に同名の土地が残っています。

ヒント!
小浜市には「ジャックと豆の木」のような、天まで届く大きな豆の木が登場する伝説があります。
せんごくばた
伝説によると、その昔、この集落に異母姉妹がいました。継母は自分の子ではない姉を追い出そうと、「裏山の畑に豆をまいて、芽が出なければ家から出て行ってもらう」と言って、妹には生豆を、姉に炒った豆を渡します。それに気づいた姉が神様にお願いをしたところ、姉のまいた豆だけが芽を出しますが、信じない継母から言いがかりを付けられ、結局、追いだされることに。姉が泣いて豆の木に触れると、たちまち大きくなって天まで届き、死んだ母のもとで姉は幸せに暮らしました。この豆の木からは1500もの豆が採れたため、「千石畑」という名が付けられたそうです。


ヒント!
若狭を代表する難読地名の一つです。このまま読んでも解けません。
さかなし
漢文を読むときのように、後の字から前の字へ「悪、無」と返って読みます。この地名は、遣唐使を務めた小野妹子の子孫で平安時代の官人・歌人、小野篁(おののたかむら)にまつわるものと伝えられています。小野篁は遣唐副使を任じられながら渡航しなかったため、嵯峨天皇(さがてんのう)の怒りに触れて隠岐へ流罪となり、帰国途中で若狭地方に漂着し、この地にしばらく逗留しました。「さかなし」は、嵯峨天皇が在位していなかったら流罪にならずに済んだであろうとの思いを込めながら、天皇の名前を出すのをはばかって「嵯峨」に「悪(さが)」の字を当てたものといわれています。このほかに、この地が山間にあったため、「さかあし」(=坂の足元)から転化したという説もあります。

ヒント!
昔、小浜市は水銀の産地で、もともとは「小丹生」と書いていました。
おにゅう
「小丹生(おにゅう)」が語源。丹生(にゅう)とは、丹土(につち、赤土)が出るところの意で、かつて遠敷の山中では神社の朱塗りの柱などに用いられる水銀を含んだ赤土(辰砂)が採取されていました。「遠くまで黄金を敷きつめた、秋の実りの豊かな土地」ということから、「遠敷」の字を当てたともいわれています。

ヒント!
地元の若狭町では、別名「バアトコ」とも呼ばれているそうです。
うばがふところ
この地域が山と山に挟まれており、気候がおだやかで風当たりも少ないため、慈愛に満ちた姥(おばあさん)の懐のようだということから名づけられたといわれています。

気候のおだやかなこの季節、海のきらめきと緑まばゆい山々が美しい若狭へでかけてみませんか。歴史や文化的なスポット、風光明媚な観光名所、バラエティに富んだイベントが盛りだくさんです。


久々子湖を含む5つの湖からなる三方五湖は、水質や水深がそれぞれに異なり、水の色が違って見えることから「五色の湖」とも呼ばれています。車で「レインボーライン」を通り、梅丈岳(ばいじょうだけ)の山頂に上ると湖を一望できます。
※2010年4月29日から5月5日まで、レインボーラインの通行料が半額になります。


その名のとおり水晶のような輝きを持つ白砂と、透明度の高い海が美しい海水浴場です。夏は、関西・中京圏から訪れる海水浴客で賑わいます。ウィンドサーフィン、マリンスポーツも盛んです。


長年にわたって日本海の荒波による浸食を受けた、大門・小門などの洞門や数々の奇岩など、ダイナミックな海岸線が続く若狭国定公園を代表する景勝地です。爽快な海風を感じながら見学を楽しめる、遊覧船による蘇洞門めぐりがおすすめです。


おおい町出身の作家・故水上勉が1985年に設けた総合文学館です。水上氏の蔵書2万冊を収蔵するほか、親交の深かった画家の作品などを展示。また、同氏が主宰した竹人形文楽の劇場や、舞台で使われる竹人形の展示場も併設しています。


宇宙とエネルギーの未来について遊びながら、学び、考え、発見できるミュージアムです。世界最大級のバーチャル映像シアターのほか、「コスモユニット・エネルガイア」では、漫画家・松本零士氏がプロデュースするキャラクターとともに、宇宙発電所をテーマにしたアトラクションを体験できます。


若狭富士ともいわれる青葉山にある古刹で、国の重要文化財に指定されています。736年に聖武天皇の勅願により泰澄大師が創建しました。この寺にある馬頭観音菩薩像は33年に一度しか開帳されない秘仏で、2010年がその年にあたります。この希少な仏像鑑賞のチャンスに、足を運んではいかがでしょう。
開帳期間/2010年5月23日~2012年5月20日


地球科学をテーマにしたサイエンスパーク。熱帯雨林を再現した大温室「トロピカルワンダー」や、科学の不思議を体験できる「サイエンスワンダー」など、楽しみながら自然や科学について触れられる科学館です。

関西電力のウェブサイト「関西・若狭の観光ガイド」では、関西・若狭地方のおでかけ情報をテーマ別にご紹介しています。24の旧街道を案内するコーナー「街道を歩く」ほか、家族でめぐる一泊二日の旅「わっともっと Family Trip」など、観光スポットやレジャー、グルメ情報などを交え、写真や地図とともに丁寧に解説しています。関西・若狭めぐりの参考に、ぜひお役立てください。


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若狭路の観光全般をサポートしている若狭観光連盟では、オフィシャルサイト「若狭路インターネットナビゲーター」を通じて、若狭路6市町(敦賀市、美浜町、若狭町、小浜町、おおい町、高浜町)の見どころをはじめ、食、レジャー・宿泊、イベント、歴史・文化など、さまざまな情報を提供しています。
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