関西電力が電気を送っている関西2府7県のエリア内には、43の営業所があります。「営業所かわらばん」では、普段は見えない営業所の素顔やトピックスをご紹介。今回は、京都市伏見区にある「関西電力伏見営業所」と周辺の見どころを訪ねました。
京都の中心部と伏見区を結ぶ竹田街道沿いにある伏見営業所は関西電力が開業した1951年(昭和26年)に発足、現在235人が勤務し、京都市南部や宇治市、八幡市、大津市(一部)など京都府南部と滋賀県にまたがる7市6町1村に電気を送っています。その中には酒どころ伏見はもちろん、茶どころ宇治、学研都市のある精華町など、特色ある地域がそろっています。
伏見営業所の一番の特色は、営業所発足当時から比べて契約口数が約10倍、電力量は約50倍と大きく伸びていることです。これはいずれも関西電力全体の伸び率の約2倍にあたります。新規加入は「伏見お客さまセンター」で受け付け、送電の手続きを行います。繁忙時には申し込みが集中し、配電設備の増設に多忙を極めることもありますが「伏見ネットワーク技術センター」のスタッフが迅速に対応しています。

伏見営業所の担当地域の中でも、和束町や南山城村、宇治田原町などは宇治茶の主産地です。玉露や抹茶を中心とした宇治茶は高級茶の代名詞にもなっているだけに、生産には細心の注意が払われています。特に、お茶の生育に悪影響を及ぼす霜への対策として、農家では茶畑に「防霜扇」を設置します。これは気温を感知して、一定温度以下になったときに畑に風を送り、霜を予防する装置です。
茶畑は山間部に多いため、ネットワーク技術センターのスタッフは、細い山道や畑の間に機材を運び、電柱や電線を設置して、防霜扇に電気を供給できるように設備を整えています。このような工事は茶どころ宇治を抱える伏見営業所ならではのものです。

関西電力の緊急車両
伏見営業所のエリア内は夏場に落雷が多く、落雷によって配電設備が損傷したり、停電を引き起こすため、毎年夏場の落雷は営業所員の悩みの種になっています。近年は気象が不順で落雷が多く発生し、長時間鳴り続けたり、エリア内の広い範囲で発生し停電の原因となっています。
落雷による被害を少しでも減らすため、関西電力では避雷器を設置するなどして対策を取るとともに、雷の被害や設備の損傷がどこで発生したかが絞り込める自動化システムを構築、損傷箇所の早期発見に努めています。さらに、万一被害が発生したときには営業所員が一丸となり、早期復旧に取り組んでいます。

伏見営業所管内の八幡市・男山山上にある石清水八幡宮境内には白熱電球と発電機を発明したトーマス・アルバ・エジソンを顕彰する「エジソン記念碑」があります。この記念碑はエジソンが白熱電球を発明したとき、フィラメントに八幡の竹を使用したことが縁で1934年(昭和9年)に建てられ、1984年(昭和59年)にこの地に再建されたものです。伏見営業所でもエジソンの業績に感謝し、6月と11月の年2回、記念碑とその周辺の清掃を行っています。
伏見営業所では他の営業所にさきがけて、2008年11月から「新計量システム」を試験導入。新しい電力メーターへの切り替えが順次進められています。
「新計量システム」は、関西電力がサービス向上と業務の効率化をめざし導入を進めている取り組みで、各家庭の電力メーターに通信機能を搭載、光ファイバー網を活用して、電気使用量計算のための検針業務や、引っ越しにともなう作業などを自動的に行うというものです。このシステムによって、電気使用量を的確に把握し、より適切できめ細かなサービス提供ができるようになるほか、停電時にも停電の範囲や原因箇所の絞り込みがしやすく、復旧の迅速化にも役立ちます。将来的には外出先から家電をコントロールしたり、節電や省エネにも役立てられます。
伏見営業所のある伏見区は、豊臣秀吉が伏見城を築城したことにより、京都と大阪をつなぐ港町や酒造の街として発展しました。現在も随所にその足跡を見ることができます。
伏見は良質の地下水に恵まれた土地です。この水を利用して酒造が始められたのは17世紀中ごろのことでした。軟水で作られた伏見のお酒はやわらかな口あたりから「伏見の女酒」と呼ばれます。
1909年(明治42年)築の酒蔵を使ったお酒の博物館です。伏見の酒造りや日本酒に関する資料を展示、実際に使われていた酒造用具などを展示しているほか、お酒やお酒を使った化粧品などのおみやげも販売しています。

酒造りに関する資料のほか、昭和30年代からの同社のコマーシャルライブラリーなども設けられ、懐かしいコマーシャルを見ることができます。また、カッパのキャラクターにちなんだ、河童資料館も併設されています。

1993年8月まで月桂冠本店として使用されていた大正時代の建物を、カフェやお土産物店に改装。レトロな雰囲気のお店ではお酒の仕込み水でたてた水出しコーヒーなどを楽しむことができます。毎月第2土曜には桂米朝一門の若手落語家による落語会「伏見酒蔵寄席」が開催されています。

大阪と京都の中継地だった伏見は水運の街でもありました。現在は酒蔵の街を流れる濠川に、昔の様子をしのばせる十石舟や三十石船が復活運航し、小さな船旅を楽しむことができます。

伏見一帯は幕末「鳥羽伏見の戦い」の舞台となったところです。新選組を初めとする幕府軍が陣を置いた伏見奉行所の跡をはじめ、当時の史跡を巡りながら歴史に思いをはせるのも楽しみです。
鳥羽伏見の戦いの際には新政府軍が陣を置いたところです。境内からよい香りの水が湧き出したという言い伝えからこの名が付けられました。重要文化財の表門は伏見城大手門の遺構です。

1876年(明和元年)創業の料亭。入り口脇の格子戸には鳥羽伏見の戦いの際にできた弾の跡が生々しく残っています。

幕末の志士、坂本龍馬が常宿にしていた船宿。当時の建物は鳥羽伏見の戦いで焼失し、現在の建物はその西隣に作られたものです。

別名「島の弁天さん」と呼ばれるお寺。京都で唯一、ご本尊が辨財天という珍しいお寺。境内のしだれ桜は京都でも早咲きの桜として知られています。中国風のレンガ色の門が目印です。

中近世の日本では、貨幣を造ったり銀を売買していたところを銀座と呼びました。京都・伏見は徳川家康が1601年(慶長6年)に銀座を作ったところで、日本各地にある銀座の名の発祥地とされています。
1895年(明治28年)、琵琶湖疏水を使った水力発電の電力を使い、下京区東洞院通塩小路から伏見の間に日本で初めての電気鉄道が走りました。これを記念した石碑が、竹田街道と油掛通の交差点に建っています。


