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上方歌舞伎がおもしろい!
2004年4月7日に大阪・お初天神に、お初の301回忌を記念して、中村鴈治郎のお初と先代鴈治郎の徳兵衛をモチーフにした銅像が建立されました。
また、お初を演じて50年という中村鴈治郎が
2005年に四代目坂田藤十郎を襲名
するなど、今、上方歌舞伎界はにわかに活気づいています。
さらに、4月18日から25日の間は大阪松竹座で、三部制公演の「浪花花形歌舞伎」が催されます。これまで歌舞伎は敷居が高いと思っていた方も、これを機に、ご夫婦やお友達と歌舞伎を鑑賞してみませんか?
今回は、大阪松竹座のご協力を得て、わかりやすい演目が多く、初心者でも気軽に楽しめる上方歌舞伎の「い・ろ・は」をご紹介します。
お初・徳兵衛像
「い・ろ・は」の「い」 
上方歌舞伎って、どんなもの?
京都が始まり? 歌舞伎400年の歴史
今から約400年前、徳川家康が江戸に幕府を開いた頃、京都の五条河原や北野神社境内で、出雲大社の巫女だと称する「阿国」という女性が、男装して踊りを披露していました。この「阿国歌舞伎」が、歌舞伎の始まりだと言われています。
それが次第に全国に広がりながら発展し、元禄年間の1700年頃には、現在と同じような形式に完成したと見られています。ことに京都、江戸、大坂といった日本の三大都市では、特色のある歌舞伎が発達しました。そして、江戸に対して、京都、大坂の歌舞伎を上方歌舞伎と呼ばれました。
1800年頃から京都、大坂の歌舞伎はひとつのものとなり、また、江戸との交流も盛んになりました。現代のように、両方の特徴は残しつつも、互いに行き来し合い、上演し合う形になりました。
けいせい阿国歌舞伎 けいせい阿国歌舞伎 けいせい阿国歌舞伎
「けいせい阿国歌舞伎」
一珠斎国員画
1895(安政6)年1月 中座
松ヶ枝的之介/実川延三郎
子千春/叶雛三郎
乳人政岡/坂東彦三郎
上方浮世絵館所蔵
人情味あふれるリアル芝居 上方歌舞伎の特徴
東西の歌舞伎を比較して、「江戸の荒事(あらごと)、上方の和事(わごと)」とよく言われます。たとえば派手な隈取をして大見得を切る――そうした様式や決まりごとを重視するのが、江戸歌舞伎の特徴です。
武士の町だった江戸では、力強い男性の登場人物の、雄々しく、猛々しい演技が好まれた結果、そうした歌舞伎が発達しました。対して上方では、より現実的な劇に人気が集まりました。
商家の若旦那が遊女に入れ込んで身を滅ぼすなど、恋愛を絡め、滑稽味を含んだ人情劇が好まれたのです。江戸の歌舞伎を始めたのは、初代市川団十郎(1660~1704)。それに対し上方歌舞伎には、初代坂田藤十郎(1647~1709)というスーパースターがいました。
祝詞宝来山(ことぶきほうらいさん) 祝詞宝来山(ことぶきほうらいさん) 祝詞宝来山(ことぶきほうらいさん)
「祝詞宝来山(ことぶきほうらいさん)」
春好斎北洲画
1821(文政4)年11月 中座
名護屋山三/三代目中村歌右衛門
上方浮世絵館所蔵
現在の上方歌舞伎の始まりは、初代坂田藤十郎(1647~1709)からだと言われています。藤十郎は、若旦那が遊女に入れ揚げて身を持ち崩すといったストーリーが特徴の「やつし芸」に長け、恋愛ものを得意として、当時、京都で絶大な人気を誇りました。
坂田藤十郎の人気を不動のものにしたのは、これまた当時、現代風に言う人気脚本家であった近松門左衛門(1653~1724)との出会いでした。写実的で個性豊かな藤十郎の演技が引立つような作品を近松が次々と生み出し、2人は当代きっての売れっ子役者、作家となりました。
初代 坂田藤十郎 (1647~1709)
越後に生まれ、京都で花車方の名人杉九兵衛に芸事を学んだと言われています。
1676(延宝4)年に刊行された『可杯(べくさかずき)』に名前が登場して以来、上方の人気役者として評判を博していきます。40代半ばから、近松門左衛門と提携して、数々のヒット作を連発。当時、京の都で最高位に位置される役者となりました。二代目は1669~1724年、三代目は1701~1774年の間存命。その後、藤十郎の芸は、大和山甚左衛門に受け継がれ、坂田籐十郎の名は途絶えていました。2005年、中村鴈治郎が、四代目坂田藤十郎を襲名します。くわしくはこちら
近松門左衛門 (1653~1724)
現在の福井県に生まれ、青年期から京都で暮しました。
人形浄瑠璃の作家として名を馳せましたが、元禄年間より歌舞伎役者の坂田藤十郎のために作品を書き始め、後に再び人形浄瑠璃の世界へと戻っていくまでの間に、いくつもの傑作を残しました。『曽根崎心中』、『女殺油地獄』など数々の作品が、歌舞伎、人形浄瑠璃の両方で今も演じられています。
 
近松門左衛門信盛之像 近松門左衛門信盛之像 近松門左衛門信盛之像
「近松門左衛門信盛之像」
寿好堂よし国画
1823(文政6)年11月
上方浮世絵館所蔵

「い・ろ・は」の「ろ」 
今、上方歌舞伎を楽しもう
上方歌舞伎の中でも最も人気のある演目の一つが、近松門左衛門作『曽根崎心中』。涙を誘うストーリー展開、親しみやすくわかりやすい台詞回しが特徴です。衣裳や舞台装置など、華やかさも見どころのひとつ。2003年には、初演以来300年を記念しました。

―あらすじ―
醤油屋の手代徳兵衛と天満屋の遊女お初との心中までを描いた物語。伯父である店の主から持ちかけられた縁談話を、お初の存在ゆえに断った徳兵衛。ところが、先に母が受け取ってしまった縁談金を徳兵衛は、諸般の事情から友人に貸すことに。その金の返済を巡って起こった友人とのもんちゃくが、徳兵衛とお初を心中へと導いていくのです。
◇お初を演じて50年 中村鴈治郎(1931~)
1931(昭和6)年、二代目中村鴈治郎の長男として生まれた現在の三代目鴈治郎。二代目中村扇雀と名乗って、大阪・角座で初舞台を踏んだのは、10歳の頃でした。
1956 (昭和28)年、徳兵衛を演じた父二代目鴈治郎と共演してお初を演じ、空前の大ヒットを記録します。以来、当たり役として、1,200回以上もの上演を重ねてきました。
父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。
父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。 父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。
 
曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中
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父である二代目鴈治郎と共演したお初の初演舞台。
この写真がお初天神のお初・徳兵衛像のモチーフに
なった。
  「曽根崎心中」
1968(昭和43)年12月
天満屋お初/二代目中村扇雀(現・鴈治郎)
平野屋徳兵衛/二代目中村鴈治郎
舞台製作:松竹株式会社
 
       
曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中 曽根崎心中
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「曽根崎心中」
2003(平成15)年1月
天満屋お初/中村鴈治郎
舞台製作:松竹株式会社
中村鴈治郎の演じるお初は、文楽の義太夫のリズムを取り入れているのだとか。流れるような所作、目線や首、手足の動きで、滴るような色っぽさや艶やかな女らしさを表現しています。
◇2005年 四代目坂田藤十郎を襲名
名実ともに上方歌舞伎を牽引してきた鴈治郎。その功績、目指すところなどを自他共に任じ、
2005(平成17)年に、四代目坂田藤十郎を襲名することになりました。これによって、231年ぶりに坂田藤十郎が復活します。
三代目 中村鴈治郎
昭和6年 東京生まれ
昭和16年 大阪・角座「山姥」の金時で、二代目中村扇雀を名乗り初舞台
昭和28年 250年ぶりに近松門左衛門作「曽根崎心中」を復活させ、お初の演技で絶賛される
昭和56年 近松座結成
昭和57年 近松座第1回公演「心中天網島」を上演
昭和58年~ アメリカ、旧ソ連、カナダ、メキシコなど、歌舞伎海外公演を実施
平成2年 三代目中村鴈治郎を襲名
平成6年 人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定される
平成7年 中座で「曽根崎心中」お初役、初演以来通算1,000回を数える。現在までに、1,200回以上演じている
平成17年 四代目坂田藤十郎を襲名する
三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎
三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎 三代目 中村鴈治郎
◇お初・徳兵衛の銅像建立
お初の命日にあたる4月7日、桜の花びらが舞い散る中、大阪・梅田の露天神社(お初天神) で、「お初・徳兵衛像 竣工除幕式」と「慰霊際」が行われました。
除幕式で、お初・徳兵衛像にかかっていた幕を取り去った瞬間、鴈治郎さんはハッと息を呑ま れ、感慨無量の思いを込めてこう話されました。

「私は51年前にお初さんと出会ってから、お初さんとずっといっしょに人生を歩んでまいりま した。演じ初めた頃は、ただ、ただ、お初の役になりきろうと必死でしたが、今では、お初さんが 私の体の中に入っているように感じます。もし、お初さんにめぐり合えなかったら、私はこうして歌舞伎人生を歩んでこられなかったと思います。この像にお目にかかったとき、二代目(鴈治郎)も一緒に来ているような、懐かしい思いがいたしました」。そう言って、言葉につまり、涙ぐまれました。
銅像と中村鴈治郎さん
お初・徳兵衛像に語りかける鴈治郎さんと翫雀さん。
お初・徳兵衛像に語りかける鴈治郎丈と
翫雀丈。
「お初さん、ありがとう。本当に嬉しうございます。こんな気持ちになったのは初めてです。今日をスタートに生まれ変わり、ますますがんばってまいります」と、じっとお初・徳兵衛像を見詰めて、喜びをかみしめておられました。
お初天神通り商店街の中を、人力車に乗ってお初天神に。
お初天神通り商店街の中を、
人力車に乗ってお初天神に。
お初天神に到着。
お初天神に到着。
多くの人が見守る中、式典は執り行われました。
銅像を建立するきっかけとなったのは、以前、曽根崎に住んでいたご婦人からの献金によるという。多くの人が見守る中、式典は執り行われました。
「い・ろ・は」の「は」
曽根崎心中を100倍楽しむための基礎知識
大阪松竹座にて上演 浪花花形歌舞伎

大阪松竹座では、「もっと気軽に歌舞伎を楽しんでほしい」と、4月18日(日)から25日(日)までの間、「浪花花形歌舞伎」を上演します。
浪花花形歌舞伎には、「花形」と呼ばれる若手俳優が中心。1時間~2時間程度の短い演目を中心にした1日3回公演です。特に、仕事を終えてからでも楽しめるようにと、午後6時開演の部が設けられているので、仕事帰りのご主人とご夫婦で、また日中忙しい友人同士でも、存分に楽しむことができます。
演目は、第一部:河庄、第二部:曽根崎心中、第三部:女殺油地獄です。第二部曽根崎心中には、中村鴈治郎がお初役で特別出演します。
(上記の公演は終了しています)

ちらし表
ちらし裏
◆データ

大阪松竹座
住所: 大阪市中央区道頓堀1―9―19
問い合わせ: 06―6214―2211
チケット予約: 受付時間:10~18時
ナビダイヤル: 0570―000―489 または 06―6214―2200
前売券取扱所: 大阪松竹座、京都南座、チケットぴあ 0570―02―9999

観劇料金(税込)
一等席  8,500円
二等席 4,000円
三等席 2,000円
上方浮世絵館
地図浮世絵の画像をご提供いただいた、上方浮世絵館は、世界で唯一の浮世絵美術館。
江戸時代の道頓堀は芝居小屋が立ち並ぶ場所でした。 上方浮世絵館はその道頓堀のそば、法善寺門前に
2001年4月28日にオープンしま した。 上方の浮世絵はそのほとんどが歌舞伎の芝居や役者を描いたもので、世界に「Osa ka Prints」 の名で知られています。 上方浮世絵館では、上方浮世絵専門の美術館として常時30点ほどの浮世絵を展示。 季節ごとにテーマや企画を替え、 現在は「歌舞伎の華 女方の世界」展を開催中です。松竹座での歌舞伎鑑賞の際に、 ぜひお立ち寄りください。

住所: 大阪市中央区難波1-6-4
電話: 06-6211-0303
休館日: 月曜日
開館時間: 午前11時~午後6時(入館は午後5時半)
入館料:
(税込)
大人500円
小・中学生 300円


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